IE9ピン留め
アメリカのオーケストラの経営と、指揮者の役割
2004年2月に”エルネオス”と言う経済雑誌に寄稿した文章を、掲載しました。当時、ロス・アンジェルス・フィルのアシスタント・コンダクターであった私は、アメリカのオーケストラ経営をつぶさに見ることが出来た。・・・ (Moreに続く)

アメリカのオーケストラの経営と、指揮者の役割(エルネオス2004年2月号より)

ロス・アンジェルス・フィルハーモニック管弦楽団のアシスタント・コンダクターに就任して3年目のシーズンを迎えた。これまでに、定期演奏会、夏のハリウッド・ボウル音楽祭を始め、地域コンサート、教育プログラムなど、40回以上のコンサートを振り、幸運な事に大変良い評価を得ている。しかしこれは、指揮者としての派手な表の部分であり、音楽以外の部分もアメリカで指揮者と仕事をしていく上で、大変重要である事をこの3年で経験を通じて知った。私はこのポジションを得るまでは、ヨーロッパに在住していたのだが、アメリカで仕事を始めるに当たり、私のマネージャーに言われた事が1つだけある。「アメリカで指揮者として仕事をするのは、ヨーロッパでするのとは大きく違う。アメリカでは音楽だけをすれば良いと言う訳ではないよ。」とアドバイスされたのだった。
最初に言っておきたいことは、オーケストラはまったく営利団体ではない。チケット収入だけでは赤字で、つまりはコンサート収入以外の部分が必要となる。

私が仕事をしているロス・アンジェルス・フィルハーモニック(以下、ロス・フィルと略)は、現在大変経済的に潤沢なオーケストラで、予算額では全米で3本指に入る。楽員への給与は全米最高レベル(最低年収は約1200万円で全米1位。平均給与は第3位。アメリカ音楽家ユニオンによる)であり、アメリカの最高のランクに属する。アメリカのオーケストラは、上は平均週給21万円から、下は週休9万円までランクにかなり差があり、もちろん上のランクのオーケストラは、良いプレーヤーが集まっているし、指揮者、ソリストも世界レベルを呼べる訳で、芸術的レベルも高い。そこで、楽員はランクを上げようと、他のオーケストラのオーディションを受ける。40才を超えてもなおオーディションを受け続けることは、何ら珍しい事では無い。(しかも、アメリカには、採用において、年齢、性別、人種を問わないという法律がある。)これはアメリカの企業も同じで、アメリカ人には、日本人のように1つの企業に所属し、運命をともにし、企業の発展が自分の給与、地位を上げるといったような発想はほぼ無いと言っても良い。彼らは、新しい地位、給与のために他の会社に簡単に移る。例えば、課長は1つの会社に居続けてもいつまでも課長な訳で、部長となり地位と給与も上げたいのならば、他の会社の部長の応募を探し、採用試験を受ける。そんな考え方がオーケストラにも反映している。

話を戻そう。つまりオーケストラにはかなりのお金がかかる。ではどうやってコンサート収入以外の足りない部分を補うのか。欧米では、オーケストラはその街の名前を持ち、そして街の誇りとして、コミュニティ、企業、自治体のバックアップを受けているのだ。しかしアメリカでは、自治体のバックアップは僅かなもので、ほぼ一般の寄付金に支えられているのが、ヨーロッパとの大きな違いだ。都市としてオーケストラを持っていることは1つのプライドでもあり、そのオーケストラのレベルが高ければ高いほど、ボーダーと呼ばれる寄付を行う人々は、オーケストラに寄付する行為自体が名誉ともなり、社会的ステータスを上げる事にもなる。そんなシステムがアメリカには存在する。アメリカの場合は、オーケストラにもよるが、チケット収入60%、寄付40%で運営されている。ちなみに、ヨーロッパのオーケストラは、ほぼ予算全額が国、自治体の援助によって、運営されている。うらやましい限りだ。(イギリスの様に、チケット収入を60%程度必要とする国もあるが。)

この10月、ロス・アンジェルスに、ロス・フィルの新コンサートホール・ウォルト・ディズニーコンサートホールがオープンした。デザインは世界的建築家、フランク・O・ゲーリーの斬新で、かつバランスの良い建物の中に、日本人音響デザイナー豊田泰久氏によって音響デザインをされた、素晴らしいコンサートホールが入っている。その音響は、今後、世界でも10本指に入っていくと思われるほど素晴らしいのだが、その総工費約300億円は、ほぼ一般の寄付によって集められたと言うと、皆さん信じられるだろうか。ディズニーファミリーの約120億円を始め、6億円以上寄付した団体が25ある。その中には企業だけではなく、個人が10人も居る。1億円以上寄付した数は、46であり、1000万円以上の寄付となると、リストのページを超えてしまう。とにかく、寄付額の高さ、人数の多さは驚くべき物で、寄付をした個人、団体は1100名を超える。
アメリカに来て驚くのは、個人の寄付額の多さだ。サンディエゴ交響楽団を倒産の危機から救った、IT会社経営者の寄付した額は、130億円。今、建設が進められているカンザス・シティのミュージックセンター(コンサートホールの音響は、豊田氏が担当する。)は、個人が何と330億円を寄付したのである。これは、カーネギー、ロックフェラーレベルの歴史的にも残るであろう寄付額の高さだ。

我々指揮者としての仕事の1つとして、彼らとの付き合いも重要だ。音楽監督ともなると、彼らとディナーをともにしたり、パーティに出たり忙しい。私も、指揮者の一員としてパーティに出ることはあるが、高級ホテルのパーティ会場に、着飾った紳士、淑女が沢山やってくる。そういう時は、多くの人々に挨拶をしてまわるのに本当に大忙しなのだが、あるパーティで、担当のスタッフが私にそっと耳打ちをした。「このパーティは、みんな毎年100万円以上、ロス・フィルに寄付をしている人の為のものです。」そんな招待客が、次から次へとやってくる。実際に毎年ロス・フィルに寄付をしている個人、団体は、5千万円以上を筆頭に、1000名以上居る。しかも、ロス・フィルの基本的な財産である、基金に寄付している個人、団体はこの数に含まれない訳だから、まったく驚くばかりだ。

ロス・フィルは夏のハリウッド・ボウル音楽祭を持っていることもあるが、事務局のスタッフの数が大変多い。(アメリカの大学には、オーケストラ・マネージメントの専門科があり、実地研修を経て、オーケストラに就職するカリキュラムがある。)数えてみると、140人近くにもなる。ヨーロッパ、日本のオーケストラが10名程度のスタッフでやっている事を考えると、大きく違う。オーケストラの楽員は110人程度と言う事を考えると、スタッフのほうが多い訳となる。この数は、一流のアメリカのオーケストラならばほぼ同様だろう。興味深い事に、事務局に寄付金集め部門があり、25名働いている。マーケティング部門は15名だ。

寄付集め部門は、それぞれがプロフェッショナルで、マーケティングから得た情報を元に寄付を募るスタッフも居れば、資産家の資産の活用のコンサルタントをするスタッフも居る。これは面白いやり方なのだが、個人の寄付者が死んだ後、その遺産の一部をオーケストラに寄付することを約束として、オーケストラが弁護士を雇って、トラストカンパニーを無償でつくるのだ。そして、その個人が生きている間は、現実的には寄付はなされていないにも関わらず、寄付をしたのと同様のサービス(コンサートホール内にある、VIPルームの使用。パーティの招待等)も受けられ、税制面でも、優遇を受けることになる。むしろ、利益を得る場合もあるそうだ。簡単に言うと、寄付者、オーケストラ双方が良い思いをするシステムで、アメリカの資産保護の原理に基づいた、面白いシステムだ。
こういった寄付金集めのシステムは、むしろ、大学や、病院のほうが進んでおり、特に大学などは1つの建物がすべて寄付金集めの部署である事も珍しいことでは無い。彼らは卒業生個人個人の収入の変化、ポジションまで把握しており、それに応じ、寄付を呼びかける。それに加え、アメリカというのは、基本的には宗教的な国から始まった事も大きい。教会で寄付するのが一般的で、寄付に対してとてもスムーズな気持ちを持っている。税金の控除対象ともなっている。アメリカならではのシステムと言える。

寄付の話はこれくらいにしておこう。これからは、アメリカのオーケストラの経営形態についてお話をしたい。アメリカのオーケストラは、他の国のオーケストラには無い独特な経営形態を持っている。芸術部門をすべて統括する音楽監督と、経営を統括する支配人の上に、理事会が最高決定機関として存在している。音楽監督、支配人を雇うのも、形式上は彼らであり、実際にも大きな力を持っている。これはアメリカの企業ともよく似たシステムだが、違いは、オーケストラ理事会のメンバーは無報酬だと言う事、それどころか、彼らに一定額の寄付金を要求するオーケストラも多い。(ロス・フィルもそれに当てはまる。)大企業経営者、弁護士、コンサルタント、有名人、医者等、社会的にも認められた人々が選ばれ、実際の選考に関しても、大変慎重に行われる。つまりはロス・フィルのような大きなオーケストラの理事会に入ることは、大きな社会的ステータスにもつながり、彼らの実際の仕事上のポジションにも大きく関わる。実際に、大銀行の頭取になるためには、このような社会貢献を求められるのが、アメリカでは通常である。トヨタ自動車は、シカゴ交響楽団を始め、ロス・フィルにももちろん、アメリカのオーケストラに大きく寄付しているが、アメリカの中で事業を展開するのに、こう言った事はアメリカで事業を展開する上で必要不可欠であり、それをしなくては、いつまでたっても外国企業なのだ。(実際トヨタは、アメリカの企業の一員に認識されている。)
話が脱線してしまったが、理事会が、オーケストラの将来のビジョン、戦略を決め、それを元に音楽監督、支配人が実際に運営することになる。その下で、マーケティング部門が、人気のあるアーティストや曲目、それぞれのアーティストの過去のコンサートにおける集客実績を集計し、プログラム企画部と協議し、それを広報とも連携して、年間プログラムを出す。そして、それを音楽監督が支配人と協議した上で、最終決定をする。
例えばプログラムというのは、デパートで言うと商品である。商品が売れれば、デパートは儲かり、ますます良い商品を入れることも出来るし、良いスタッフも高額の給与で雇うことが出来る。

もう一つ、音楽監督と支配人にとって大事な仕事がある。それは、今年のシーズンの事だけではなく、5年先、10年先の将来を計画していくことだ。例えを1つ上げると、ロス・フィルの音楽監督サロネンは、氏自身も作曲家と言う事もあるが、現代曲を多く取り上げ続けている。当初は人気が薄かったようだが、現在、多くの固定ファンを獲得している。このように、将来を考えて現在を運営していくわけだ。

これまでに、アメリカのオーケストラを中心に話して来た訳だが、最後に日本のオーケストラも事を説明しよう。日本のオーケストラは、演奏会自体の収入が予算に占める割合は、25%から96%と、それぞれオーケストラによって、大きく違う。
ある方の話なのだが、放送局、地方自治体等、母体をもったオーケストラは楽員の給与も高い。(ちなみにオーケストラの最大の経費は、楽員の給与である。)しかし、チケットの値段設定はそんなに大きく変えられない訳で、どうしてもチケット収入の全収入に対する割合が低くなる。一方、母体が無いところは、楽員の給料を低く抑えられている事にも加え、事務局が生き残りをかけ、必死で自主演奏会以外の客演コンサートを売る努力をするので、自主的な収入が多くなる。つまり、この不況下の影響をもろに受ける事になる。
しかも、オーケストラが一般企業と大きく違うのは、リストラが不可能な事だ。オーケストラには、オーケストラとして実際演奏するために、最低のメンバー数を必要とし、これはどうやっても変えるわけには行かない。もちろん、事務局のスタッフを減らす事は出来るが、もともと、かなりぎりぎりの数でやっているので、それも効果は期待できない。
しかし興味深いことに、つぶれてしまうことは実際にはない様だ。(諸事情による合併は一例あったが、これも企業の合併とは事情が違う。)アメリカのオーケストラは、財政がひっ迫すると、あっという間に倒産するのに比べ、どうしてなのか。それは、日本のオーケストラはメンバーと事務局の間に、雇用主・使用人関係の狭間が薄い事に秘密があるようだ。日本のオーケストラ運営は、オーケストラのメンバーが主体であり、自分たちが責任を持って対処していく事が多い。給与にしてもそうであるし、財政が悪くなると、楽員自ら仕事を取ってくる事もあるくらいだ。日本人は、所属する団体への愛着というか、責任感が非常に強い民族だ。しかも日本のオーケストラは歴史が浅い。王侯貴族が演奏家を集め、オーケストラを作った欧米とはまったく違う。日本のオーケストラの草成期には、音楽家が自らオーケストラを作り、事務局を作っていった。

音楽家のたわ言と御一笑して頂くとは思うが、日本の企業も、現在欧米風にリストラを進めているが、個々が自分のために仕事をし、自分にあった仕事があればすぐに転職を重ねる欧米とは、少し事情が違う気がする。もちろん、無駄なものはどんどん省くべきだが、会社の復興のために汗をかき、血を流す用意が日本人にはある。これは、欧米には無い発想である。

もちろん、これからの日本のオーケストラ運営は、オーケストラの行くべき方向をしっかり見定め、運営し、財政基盤をしっかりとさせていくリーダー、つまりはますます強い支配人と、芸術面と、運営面の両方を管理できる音楽監督が今後の発展に必要になると思う。これは、企業の変化に似ている。オーケストラは小さな企業であり、社会の動きに直接影響を受ける。日本のオーケストラも大きな変化を必要としている。
by cnyasuo | 2005-09-30 17:26 | 音楽
<< 豊田泰久さん 新しいシーズン >>
トップ

篠崎靖男の考えること。
by cnyasuo
Excite以外のリンク
最新のコメント
car battery ..
by Ascenocoups at 21:20
un5fic2m ..
by p5ukygp6 : ふりす at 18:27
篠崎さま はじめま..
by 千の恵 at 01:06
pavilion blu..
by RGDale at 21:46
bscjHv <a h..
by mqylgytxdl at 03:08
wholesale pr..
by SRJamess at 00:51
custom e car..
by SRJamess at 15:29
america deli..
by freetracfone at 22:42
free student..
by createfreeri at 22:42
me you unive..
by harrypotterr at 22:42
お気に入りブログ
ライフログ
検索
おすすめキーワード(PR)
ファン
XML | ATOM

skin by excite