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セルビア・モンテネグロ
前回のブログの最後に、ヘルシンキに行っていた事を少し書いた。実は、その前の週には、初めて、セルビア・モンテネグロの首都、ベオグラードに行き、ベオグラード・フィルとストラヴィンスキーの”春の祭典”を指揮した。セルビア・モンテネグロとは、つまり旧ユーゴスラビアの事である。色々と感じる事が多かった。
(Moreに続く。)

僕のマネージャーから、”ヤスオ、ベオグラード・フィルから指揮の依頼があるんだけど?”と言われたのは、実は一年以上前だった。その時は、本当の事を言うと気が進まなかった。僕の中では、ユーゴスラビア紛争は最近であり、NATO軍の空爆のニュース。そして、悲惨な被害状況は未だ生々しく、はっきり言って少し心配だった。そんな事を僕のマネージャーに正直に打ち明けると、長いメールが返ってきた。”世の中の報道というのは、悲惨さを伝えるばかりで、実際の現状を伝えていないのが問題点だ。我々は、もし現地が危険な状況にあったとしたら、ヤスオを決して出さない。”僕の音楽家としての自分の態度を責められている様に感じた。
いつも、”音楽を求めている人々に音楽を!”とか偉そうに言っているにも関わず、実際の僕は何だ!!恥ずかしかった。
そんな経過を経て、セルビア・モンテネグロに入ってみると、実は治安も良く、何の問題も無かった。拍子抜けするくらい。人々も、良い人達だった。
街もどんどん開発されていて、僕が泊まっていたハイアットホテルなんか、ヨーロッパでも、最高級レベルだった。
しかも、セルビア・モンテネグロは、美しい自然が豊富だ。モンテネグロは、なかなかのワインも出来るし、地中海にも面していて、リゾート地としても注目を浴びている。
セルビアのベオグラードには僕のウイーン留学時代の懐かしいドナウ川も流れている。ドナウ川は、ドイツを源流とし、ウイーン、ブタペスト(ハンガリー)を経て、南下し、ベオグラードを通り、ルーマニアを経て、黒海に流れ込む。

でも、実はこのドナウ川も、セルビア人にとっては、問題原因だった。ベオグラードあたりは、もう1つの大河の合流地点ということもあり、古くから戦略的にも重要地域で、トルコに取られたり、オーストリアに取られたり、歴史の流れに翻弄されてきた感がある。
でも、セルビア人は、滅びなかった。彼らは、実際にはロシア、チェコ、ポーランド人と同じくスラブ系民族ではあるけれど、常にセルビア人として生きてきたのは、彼らの持つ民族の力が強いのだと思う。
誇り高い民族だからこそ、今回の紛争からそんなに経っていないのも関わらず、治安は安定している訳だと思う。異論はあるとは思うけれど、僕は、治安とは、結局民族の誇りの強さに比例するように思う。

僕は、指揮者として、色々な国々のオーケストラを指揮してきた。音楽を演奏するという事は、演奏家が本能をむき出しにする事に他ならず、集団で本能をむき出しにするオーケストラというのは、それぞれの民族性、現在の国の状況をかなり直接的に伝えてくる。
セルビア・モンテネグロのベオグラード・フィルは、とても熱いエネルギーを持ったオーケストラだった。リハーサル時から、必死で音楽に取り組む姿には、こちらも熱くなった。でも反面、熱くなりすぎると、押さえる事が出来ないようにも思った。
セルビア人の民族性も良く似ていると、日本大使館の方に説明を受けた。

とにかく、皆必死で頑張るんだけど、それが度を越してしまうと・・・。

まあ、悲しい歴史はもう繰り返さないで欲しいし、彼らも、繰り返すつもりは無いと思う。オーケストラメンバーも、ドイツや、イギリスに居たセルビア人演奏家が、やはり祖国でと、どんどん帰って来て頑張っている。そんな心意気に僕も感動した。

演奏会は、とても盛り上がったし、実際良い演奏会だったと思った。大満足で、ベットに入った。そして翌朝、急いで朝食を取り、トランクを閉め、迎えの車に乗り、空港に行き、飛行機に乗り込んだ。何故だかドッと疲れが押し寄せてきた。シートに、体がうずまっていく感覚だった。確かに今回のプログラムは、世界初演作品もあるし、メインは大曲”春の祭典”だし、疲れるのは当然だとは分かるけれど、今までにない疲れだった。
飛行機がベオグラード空港の滑走路を離陸して、ハッと思った。これは疲れたのだけではなくて、僕は傷ついたのだと。

オーケストラは、ユーゴスラビア紛争後、演奏会の会場をようやく持ち、楽器を揃えたのは、5年前の事だ。(実は、日本政府の援助のお陰であり、彼らは、僕にまでお礼を言う程だった。日本政府の文化援助は、多くの国々でとても感謝されている。日本の報道も、もっと取り上げて欲しい。)僕の送り迎えをしてくれた車の運転手は、良く話す人で、”この体育館は、爆撃後、新しくなった。”とか、”ここは、爆撃で何も無くなった。”とか、当たり前のように話してくれた。その時は、相槌を打つのみだったし、同情するのも、今、復興で必死な彼らに失礼にも感じた。むしろ、”良くやっているね。”と評価すべき事のように感じたし、実際、人々は頑張っている。

でも、街の古い建物には、銃弾の跡が残っていたりするのを見るにつけ、息も止まってしまう。

僕は、戦争体験は無く、当たり前のように物に溢れ、平和な日本で育ってきた。日本で生まれたという事実だけの為である。もちろん、幸運に感謝すべきだけれど、旧東諸国に訪れると、いつも同じ感覚に襲われる。”何故そうなったのか?”と
どの国に生まれても、皆必死で生きている事には変わりないのに、政治、周辺国、時代、人間の人生は、そんな物に簡単に揺さぶられ、吹き飛ばされてしまう事もある。
そんな不公平。平等ではない運命を考えれば考えるほど。いや、実際には考えないようにしていたんだけど、心の奥では、いつも考えていて、そんな事が、僕の心を傷つけていたのだと思う。
これくらいにしておこう。セルビアの人々は、現在を、以前より素晴らしいと感じているわけだし、実際には、彼らには益々良くしていける情熱。そして夢がある。

僕は、指揮者として色々な国に訪れる事が出来るのを幸せに思う。
色々な国々の人々のエネルギー、情熱を感じるたびに、自分が広がっていくように感じる。
そして、自分の音楽を聴いてもらう事の意味は説明できないけれど、今の瞬間に音を出しているという事は、必ず意味があるわけで、僕も多くの人々と、演奏会という夢を見ているような時間空間を共有したい。

最後に1つ困った事は、情熱的な人々なだけに、リハーサルの時もおしゃべりがうるさい事だ。
(基本的に、民族の情熱と、おしゃべりは正比例する。イタリア、スペインのオーケストラのおしゃべりは有名だ。)
最初は僕もイライラしたけれど、初めてのオーケストラとの仕事は、まだお客の様なものでもあり、かなり我慢した、でもやっぱり、”静かに!”と怒る場面も増えてきた。数人の演奏者のみが演奏する場所になって、それまで弾いていたメンバーがおしゃべりを始めた時は、とうとう僕も堪忍袋の緒が切れた。演奏を急に止め、怒鳴った。”今、演奏しているメンバーは、とても神経を使って弾いている。彼らの為に、静かにして欲しい!。”シーンとなった。僕は、しばらくの静けさを獲得するのに成功したけれど、「嫌な指揮者だろうな・・・。」と思いながら、リハーサルを続けた。おしゃべりはやっぱり再開した。僕はやっぱり怒鳴り続けた。嫌われても良いから、”とにかく良いコンサートを”の一心だった。
”もう二度と呼んでは貰えないだろうなあ。”とも思ったけど、仕方ない。
そしてコンサートが終わった。でも、何かが違う。オーケストラは大喜び、大満足の表情で、”また来て下さい。”と多くのメンバーが僕に駆け寄ってくる。最後に、ディレクターがやってきた。
”すべてのメンバーが、あなたが大好きで、また来て欲しいと言っている。こんな指揮者は何人居ると思う?そして、今夜のコンサートは本当に素晴らしかった。来シーズン、3回は呼びたいのだけど、スケジュールはどうですか?”
信じられないのはこっちのせりふだったけど、正直嬉しかった。彼らは、西側諸国のように、高い良い楽器を使っている訳ではないけれど、皆で必死に演奏する力、爆発力は凄まじい物だった。とても良い人々、素晴らしい音楽家達であり、彼らと音楽を何度でもやりたいし、食い入るように聴いてくれた観客に、また音楽という人類の宝物を贈り届けたい。
by cnyasuo | 2006-03-23 06:17 | いろいろな国々
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