ANA国内線【PR】
新しいシーズン
9月になった。新しいシーズンが始まった。音楽のシーズンは、9月に始まるのだ。(6月くらいで終わる。)昨年まで、ロス・アンジェルス・フィルのアシスタントコンダクターだったので、夏の間はロス・フィルの夏の本拠地ハリウッドボウルで働いており、そのままシーズンに入った感じだったが、今年は新シーズンと言う意識が強い。・・・(moreに続く。)

今シーズンの仕事始めは、スウェーデンのオーケストラ。終わってすぐに、ノルウェーのオスロで行われる現代音楽祭で日本の作曲家ばかり指揮をする。偶然北欧が重なった訳だ。

昨年、ロス・フィルの3年間の仕事を辞めて、ヨーロッパに戻ろうと決断した。ロスは良いところだし、オーケストラも素晴らしかった。(彼らとハリウッドボウルでやったマーラー交響曲第1番”巨人”。定期でやったチャイコフスキー第6番”悲愴”は忘れられない思い出だし、3年間で40回以上もコンサートをし、オーケストラ、観客との関係もとても良く、とても去り難かった。友人も沢山出来た。)
しかし、僕は可能性をもっと広げるべきだと思い、アメリカを去る決断をしたのだった。

昨シーズンの初仕事は、フィンランドで、ヘルシンキ・フィルだった。ゆっくりとロスからロンドンに引越しをしたかったのだが、スケジュールの関係で、ロスを去るのと、ヘルシンキに行くのが同じ時期になってしまった。大きな荷物はロンドンに先に送り、3つのスーツケースに最低限の生活を送れる物だけを詰め込んで、飛行機に乗り込んだ。(これは、妻に申し訳なかった。引越しが大変だった。)
そんな感じで、ヘルシンキについたときはへとへとで、しかもヘルシンキ・フィルとは、チャイコフスキーの大曲、マンフレッド交響曲(一時間くらいかかり、編成もオルガンつきのチャイコフスキーの最大の交響曲。)と、やはり大曲で、指揮も難しいエルガーのヴァイオリン協奏曲をやったので、毎回リハーサルの後はクタクタになり、ホテルに帰って、ビールを飲みながらテレビをつけて、やっと人心地つくのだった。

そんなある夜、確かドイツのテレビ番組だったと思うけど、歌舞伎についての特集番組をやっていた。その中で、坂東玉三郎さんがインタビューを受けていたのだが、とても惹きつけられてしまった。
その中で彼はこういう事を言っていた。
”どうして桜の花があれほどまでに美しいかと言うと、散る事がわかっているから・・・。”
正直びっくりした。あれほどまでに美の真髄を正確に、そして簡潔に言葉にし、そして感覚に訴えられたのは初めてだった。

”美”と言うのは、不思議なものだ。あれほどまでに人間の心理、環境によって変化するものはないと思う。
桜が散るという現実を悲しい程に分かっているから、今、そして今年の桜をいたわる様に見るのではないだろうか?

悲しさと言うのは美に密接に関係がある。作曲家武満徹さんはこういった。”美と言うのは、深い部分で悲しみと関係するような気がする。”と。
”夕日はどうしてあんなに美しいのだろう。” 
”渡り鳥はどうしてあれほど美しく去っていくのだろう。”

僕は、これまでは、素晴らしいコンサートを聴くたびに、”このまま終わらなかったら良いのに・・・。”と思っていた。高校生の頃に大阪で聴いた、バーンスタインの、この世のものとは思えない美と悲しみが入り混じったマーラーの交響曲第9番を聴いた時、それこそ時間が止まっても良いと思った。

でも、そういう事では無かった。いつかはかなく終わるからこそ、心の中に深い美が刻まれるんだと、僕は玉三郎さんの話を聞いて思った。

話を戻すと、ヘルシンキ・フィルとのコンサートが終わってからの一年、ヨーロッパ、日本と飛び回って、シーズンが終わり、7月から夏の時間が出来た。この夏はどうしようかと思った。これまでやってこなかった事、やりたかった事をやってみようと思った。作曲法を再勉強したり、芸術の事を考えたりした。自分と芸術とのかかわりを考えてみたりもした。そんな時にも大きく自分の中心にあったのは、玉三郎さんの言葉だった。
一年間、考えてきたような気がする。
彼の事をもっと知りたくて、著作が無いか探してみたが、見付からなかった。(演技、踊りの映像は、早速日本の家族に頼んで、DVDをいくつかロンドンに送って貰った。)
でも、彼のホームページを見つけたのだ。その中には、彼の文章が沢山あるのだが、1つ1つが、彼の演技、踊りと同じで、繊細で、完璧で、純粋で、そして、美しい悲しみ(ネガティブな意味ではなく。)が表現されている。
坂東玉三郎ホームページ http://www.tamasaburo.co.jp/
これは、皆さんにも是非見て欲しい。

そして、以前も書いたが、岡本太郎画伯の”日本の伝統”を読むのも、この夏の素晴らしい時間だった。

今シーズンを始めるにあたって、僕は確信した事がある。芸術とは、人間にとって必要なものだと。これまでは、人間にとって必要ではない芸術の必要性を考えて来たのだが、そんな事ではなくて、美を理解する地球上で唯一の存在である人間にとって、芸術は必要な要素で、それを我々芸術家は担っている。
そして、もう一つ。僕と言う人間の存在。僕は僕しか無い訳で、その僕が造る音楽は、やはり僕にしか出来ないわけだ。そんなところに、僕の存在理由もある訳だ。

この夏は大きかった。そんな訳で、9月になって張り切っている。

もっともっと素晴らしい音楽を皆さんに聴いて頂くために、日々精進したいと思っています。
皆様も素晴らしい音楽シーズンを。

今シーズンも何卒宜しくお願いします。

by cnyasuo | 2005-09-05 00:08 | 音楽
<< アメリカのオーケストラの経営と... ウイーン >>
トップ

篠崎靖男の考えること。
by cnyasuo
Excite以外のリンク
最新のコメント
car battery ..
by Ascenocoups at 21:20
un5fic2m ..
by p5ukygp6 : ふりす at 18:27
篠崎さま はじめま..
by 千の恵 at 01:06
pavilion blu..
by RGDale at 21:46
bscjHv <a h..
by mqylgytxdl at 03:08
wholesale pr..
by SRJamess at 00:51
custom e car..
by SRJamess at 15:29
america deli..
by freetracfone at 22:42
free student..
by createfreeri at 22:42
me you unive..
by harrypotterr at 22:42
お気に入りブログ
ライフログ
検索
おすすめキーワード(PR)
ファン
XML | ATOM

skin by excite