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キュミ・シンフォニエッタ 中国公演
芸術監督を務めている、フィンランド、キュミ・シンフォニエッタの中国公演を終え、ロンドンの自宅に戻ってきた。現在、中国は海外のオーケストラ公演も多く、今年もこれまでに、ニューヨーク・フィル、フィラデルフィア管も訪れている。この間ヘルシンキ・フィルを指揮した際、事務局長に、今回の中国公演の話をしたら、何とヘルシンキ・フィルも8月に行くとの事。来月フィンランド室内管も演奏するし、今年は、フィンランドのオーケストラが多く訪れる年だと笑いあった。
(moreに続く)




今回の公演のプログラムは、以下のとおり。
北京、上海公演
クラーミの作品
シベリウス ペレアスとメリザンドより
プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第2番
ベートーヴェン交響曲7番

泰州、温州公演 (温州公演は、四川大地震のために、当日キャンセルとなった。)
クラーミの作品
シベリウス ペレアスとメリザンドより
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲
モーツアルト交響曲第41番“ジュピター”

アンコール、全公演とも以下の二曲。
中国の民謡“ジャスミンの花”
(オーケストラの首席ヴィオラ奏者で、作曲家でもあるエーロ・ケスティが編曲したもの)シベリウスの“悲しきワルツ”

ソリストは、全公演、フィンランド若手の女性ヴァイオリニスト、エリーナ・ヴァハラ

ツアーは大成功で、北京の日本大使館のスタッフ曰く、「私もたびたびコンサートに訪れていますが、これ程までに観客が興奮しているのを見るのは初めて。」と言って下さった。この話は、翌日のリハーサルの際に、オーケストラに伝えたのはもちろんだ。
キュミ・シンフォニエッタは、僕が就任し、一生懸命練習をして、かなりレベルを上げて来たと思う。楽員も、本当に懸命に頑張っている。その結果が、今回中国で出せたこと、僕もキュミ・シンフォニエッタの一員として、本当に嬉しい。

5月12日、ロンドンヒースローを発ち、ヘルシンキ空港へ。ここで、皆さんお気づきだろうか?そう、この日は、四川大地震当日。ヘルシンキ空港国際ターミナルで合流してきたオーケストラメンバーとも、話題にはなったが、あの時点では、まさかあれ程までに大きな地震だとは思わなかった。
北京空港に到着し、ホテルに荷物を置いて、そのまま万里の長城へ。時差ぼけ、長いフライトの寝不足の後、かなり無茶なスケジュールだったが、オーケストラは、こういう場合、遠足気分。行きのバスの中でも、みんなワイワイ騒いでいる。僕自身は、ホテルで体を休めた方が良いのではと思ったのだけど、万里の長城へは、この機会を逃したらいつ来られるかわからない。
翌日は、リハーサルのみ。本番はないので、結局は行く事にした。万里の長城は、行かれたことがおありになられる方はお分かりになると思うけれど、観光というよりも、山登り。一番上まで何とか登って、見渡してみると、オーケストラのメンバーの3分の1も居ない。特に、飛行機の中でしこたまビールばかり飲んでいた連中は、早々に脱落。でも、素晴らしかった。風景ももちろんだけど、歴史に直接踏み入れているという感慨が強く、来て良かったと思った。
そして、そのまま北京ダックレストランに行き、皆と騒ぎに騒いで、ホテルに戻り、倒れるように朝まで寝た。オーケストラのメンバーも同じだったようだ。

翌日、北京コンサートホールでリハーサル。
南アフリカ公演から合流してきたエリーナ・ヴァハラと、プロコフィエフ、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のリハーサル。そしてもう一曲やって、オーケストラも時差ぼけで疲れているだろうし、予定よりも早い目にリハーサルを切り上げ、ホテルに戻り、テレビをつけた。


これ程までに、四川の大地震の被害が大きいとは思っていなかった。悲しいという事以上に、大きなショックを受けた。何か、音楽家として、人間として出来ないかと思った。コンサートの当日朝、一つだけ考えられることを、皆に相談した。つまりは、コンサートの最初に、一曲演奏し、その後、黙祷を捧げるというアイデアだった。
シベリウスのメリザンドの死を選び、コンサートの最初にスピーチをし、指揮を始めた。通常は、音楽以外の事を考えて指揮はしないのだけど、いろいろな事を考えた。死者はもちろん、生き埋めで苦しんでいる人たちも多い。こんやって演奏している間も、希望も無く、水も食料も無く、痛みに耐えながら苦しんでいる人が多く生き埋めになっていると思うと、涙が出そうになった。オーケストラも、素晴らしい演奏だったけど、悲しかった。演奏後、観客と一緒に黙祷を捧げ、黙って舞台袖に引き上げ、外しておいた赤いポケットチーフを付けなおし、心機一転、ステージに上がった。
オーケストラは素晴らしい演奏をしてくれた。観客も素晴らしかった。

もう一つ、個人的な思いが中国にある。実は、父は戦前、中国の青島で生まれた。祖父は福岡出身で、青島で貿易をやっていたのだ。父は生前、「中国人は優しかった。戦後の混乱の際に、親身になって助けてくれたのだよ。」と言っていた。今回、僕にとって中国は初めての訪問で、本当に感慨深かった。しかも、その地で指揮をするなんて。父が生きてくれていたらと思う。

翌日、泰州へ。それにしても、中華料理は旨い。僕はともかく、オーケストラの団員は、飽きないだろうかと心配していたのだけれど、まったく無用。朝、昼、晩と、毎食飽きずに、大喜び。僕も、まったく飽きなかった。ロンドンに戻って、空港から妻に電話したときに、「何か食べたいものは?」と尋ねられたのだけど、「中華料理!」と答えそうになったくらいだ。
それにしても、中国は蒸し暑くて、本当に日本のようだ。僕は、日本人なので少し堪えるくらいだけど、蒸し暑さを初体験したオーケストラは、かなり参っている。
でも、演奏会前にびっくりすることがあった。外で花火がドンドン上がっている。しかも、開演直前である。実際、困ったと思った。コンサートとどころではない。でも、不思議な事に、コンサート中は止む。しかし、休憩になったらまたもやドンドン上がる。実は、我々を歓迎してくれていたのだった。そんな事もあり、オーケストラは大興奮。異常な程みんな熱くなって、それを抑えて、モーツアルトの形を整えるのが大変なくらい。でも、素晴らしい演奏会だったし、観客も大喜びしてくれた。泰州市2000年の歴史の中で、初めてヨーロッパのオーケストラがコンサートをしたそうで、つまりは大歓迎だったわけだ。我々も、本当に嬉しかった。オーケストラの海外公演は、単なる演奏会ではなくて、文化交流であり、国の自己紹介でもある。文化大使と言っても良いくらいで、今回の泰州市の出来事は、演奏会に関わる僕としては、本当に良い経験となった。音楽は、考えている以上に、強い力がある。

翌朝、オーケストラは前日のコンサート後の興奮の中、お酒を遅くまで飲んでいたにも関わらず、元気に温州に移動。良いコンサートの後は、疲れなど関係無くなるのは、音楽家は世界共通だ。
温州の人々は、商売が上手いとして知られており、世界中で成功している華僑は、温州出身者が多い。しかし、日本で温州と言えば、ミカン。日本でも有名な温州ミカンは当地の品種で、食事時には、ミカンジュースが必ず置いてあるし、街角でも、ミカンジュースを売っている。
コンサート当日の朝となった。リハーサルは夕方なので、その日は当日のコンサート、そして、翌日の大学でのコンサートの事を考えながら、ゆっくりと部屋で体を休めていたら、オーケストラの事務局長から一本の電話。中国政府が、四川大地震の慰霊の為に、一切の娯楽(コンサート、映画、舞台芸術,テレビ放送・・・。)を3日間許可しないとの事。つまりは、温州でのコンサートは、すべてキャンセルとなった。
中止の知らせをオーケストラになされた際に、僕も一言言わせて貰った。
「アジア人であり、ヨーロッパで住んでいる私は、両方の文化がわかる。ヨーロッパ人は、こんな時には、何かをしたいと考える。でも、アジア人は、沈黙することが、冥福を祈る手段である。」と。
このあたりは、ヨーロッパ人には良くわからない考え方なのだけど、僕はアジア人なので、良く理解できる。日本でも、前の天皇陛下崩御の際には、自主的にコンサートが中止になる事があった事を思い出す。
オーケストラは、しかしながら深く理解をしてくれたと思う。今回のツアーで、1つ解った事がある。文化を相手に伝えたい場合、まずは相手の文化を深く理解すること。その上で、初めて相手に自分の文化を伝えることが出来る。

そして今回、アジア人である、自分の位置を深く考える機会でもあった。日本に居るときは、中国と日本はまったく違う国だと思っていた。もちろん、体制はかなり違うし、考え方もまったく同じではないけれど、ヨーロッパ人の一行に混じって中国人と接していると、中国人の感覚が、同じアジア人として良く理解できる。
中止の発表の後、昼食があったのだけど、やはりお互いがっかりしている。特に、温州側は、しっかりと準備をしてきたのだろうし、残念だったと思う。しかし、四川大地震に対する慰霊の気持ちは、双方とも変わらない。オーケストラはいつも騒いでいるのだけど、温州では、中止後、とても静かで、これは、上海に着くまで続いた。やはり演奏したかったのだ。ホールの前に行く機会があったのだけど、大きな看板があって、こころに響いた。また、必ず訪れようと思っている。


その後、上海へ。中国大発展の象徴。いやあ、びっくりした。東京ー上海―大阪の順番で並べることが出来ると思う。コンサートホールは100年前の素晴らしいヨーロッパ調の建物を保存してあって、素晴らしかった。


何はともあれ、上海のコンサートも上手く行き、翌朝、ヘルシンキ経由で、ロンドンに戻って来た。

今回、いろいろな事があったけれど、たった、コンサートは、多くの人々によって作られ、何よりもそのコンサートがすべての結果であることが、本当に良く理解できた。
これから、大事にコンサートをして行きたいと思う。


でも、中国の人は良い人たちだった。近い将来、また訪れたいと思う。
by cnyasuo | 2008-05-27 18:28
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